十大主星『石門星』

  • 2018.11.22 Thursday
  • 20:24

この星の世界には「守りの本能」が中心をなしていますが、その意味では貫索星と同じ世界であると言えます。

 

しかし、石門星が集団の中でエネルギー発揮をしていく特殊性があり、現れる質の中に和合性を所有することになるのです。

 

換言すれば何かを守ろうとするとき、単独で守備力を発揮するのではなく、回りの人たちの力を大いに活用し、集団力、組織力をもって守っていこうとするのであります。

 

それでいて他力本願なのではなく、目的は守りにあっても集団の力を結束させ、目的のために準備をするわけであります。

 

自己の本質を目的のために湾曲させるのではなく、途中における行程に力量を発揮するわけであります。

ある意味においては間接的守備力であると言えるでしょう。

 

このような気の動きは、本人が特別に意識しなくても本能的に想念なり思考が動くのであります。

 

現実的な社会の中に置き換えれば、政治力や事業力という方になって現れるものと思われます。

しかし和合の精神は決して純粋なものとは言えません。

 

世の中では争いを避け、平和に事を運び和合する行為は美化されて考えられがちですが、和合の本質は清濁併せのみ、善も悪も見極めたうえで大きく自己の範囲内に溶け込ませなければならないはずであり、善同士の和合をもって和合というのではなく、真の和合は善悪、吉凶、上下など異質の世界を併合して初めて和合の真価が現れてくるのであります。

 

このような和合を協議の解釈で考えれば、実に不誠実であり不純なものであります。

真の和合といえるものは純粋であっては成り立たないのであります。

 

もし純粋かつ単純な行為の中で和合をしていこうとすれば、必ず争いが起こるはずであります。

なぜならば、純粋の質と数は地球上の人口数だけ存在しているからであります。

 

そこに政治、事業、宗教という象徴的な表現を使うのであります。

 

人間の運命を考えるとき、異質の者たちが一堂に会した集団の中では純粋、正直、単純は時として最大の悪になる要素を持っているのです。

ここに石門星の和合が意味する真意が秘されているのであります。

 

それこそ石門星を単純に表現するならば、善もある代わり悪の面も大いに所有しているのであります。

 

しかし善にも悪にも定義はなく、その時々の人間の行為の後側に存在する環境と背景によって決定されるわけですから、常に変化していくわけであります。

《算命学大系より》

 

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  • 2018.12.12 Wednesday
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