唐津の観音様と……
- 2017.12.27 Wednesday
- 17:26
ずう〜〜っと昔、加藤清正が豊臣秀吉の家臣であったころ、河原で観音様にそっくりな石をみつけました。
清正はそれをお守りとしていつも身につけていたそうです。
1592年、清正は秀吉の命により朝鮮に出兵しましたが、その時、その観音様を唐津のあるお寺さんに預けて出かけました。
そしてその観音様にそっくりな石は現在もそのお寺さんに残っています。
もう10年近く前のことでしょうか。K先生のところにそのお寺さんから「観音様を彫ってほしい」という依頼がありました。
なんでもその観音様の背中に、「清正がお守りとして持っていた観音様にそっくりな石を納めたい」ということでした。
そして、間もなくその石を背中に納めた観音様がまつられました。
その時、現れた観音様は、手を隠していらっしゃいます。
園田のところにいらっしゃるのと同じ白衣観音様なのですが、唐津の観音様は、手を白衣で隠していらっしゃいます。
当時、その意味をそのお寺さんのご住職が話してくださったそうですが、その観音様は「無限大の手」(数えることのできない)を隠していらっしゃるということ。
だから、この観音様はそれだけ大勢の人を助けていかなくてはいけないんだと。
たまたま、同じ観音様がK先生を通して届いた方がいらっしゃいました。
きっとその方には、そんなお役目があるのだと思います。
やはり、ちゃんと意味があったのですね。(*^^*)