唐津の観音様と……

  • 2017.12.27 Wednesday
  • 17:26

ずう〜〜っと昔、加藤清正が豊臣秀吉の家臣であったころ、河原で観音様にそっくりな石をみつけました。

清正はそれをお守りとしていつも身につけていたそうです。

 

1592年、清正は秀吉の命により朝鮮に出兵しましたが、その時、その観音様を唐津のあるお寺さんに預けて出かけました。

そしてその観音様にそっくりな石は現在もそのお寺さんに残っています。

 

もう10年近く前のことでしょうか。K先生のところにそのお寺さんから「観音様を彫ってほしい」という依頼がありました。

なんでもその観音様の背中に、「清正がお守りとして持っていた観音様にそっくりな石を納めたい」ということでした。

そして、間もなくその石を背中に納めた観音様がまつられました。

 

その時、現れた観音様は、手を隠していらっしゃいます。

園田のところにいらっしゃるのと同じ白衣観音様なのですが、唐津の観音様は、手を白衣で隠していらっしゃいます。

 

当時、その意味をそのお寺さんのご住職が話してくださったそうですが、その観音様は「無限大の手」(数えることのできない)を隠していらっしゃるということ。

だから、この観音様はそれだけ大勢の人を助けていかなくてはいけないんだと。

 

たまたま、同じ観音様がK先生を通して届いた方がいらっしゃいました。

きっとその方には、そんなお役目があるのだと思います。

 

やはり、ちゃんと意味があったのですね。(*^^*)

 

ひょっこりひょうたん島

  • 2017.08.06 Sunday
  • 00:03



...のモデルになった岩手県大槌町の小さな島。
あの津波の日、この島の松の上まで波が被ったのですが、それでも流されずに残った弁財天様を津波のあった直後、K先生が修復なさいました。
もちろん、ボランティアです。

先日、そこであったお祭りに呼ばれ、先生は行ってらしたそうです。

また、修理の仏様を預かっていらしたとのこと。

本当に頭が下がります。
中々足下にも及びません。

あ、比べるのも申し訳ないような......
 

地神さま…様々なメッセージ

  • 2017.03.25 Saturday
  • 09:43

様々なメッセージと共に現れた地神さまを納めさせて頂いてから、停滞していた事象がスムーズに「動き始めた」というお知らせを頂きました。

 

それをK先生にお伝えしたところ、

「やっぱり神様はいらっしゃるんですよね。」と。

 

あの方にそうおっしゃっていただくほど説得力のあることはない……と思いながら、

今回は一緒に身近に感じさせて頂いたことに、心より感謝です。

地神…(7匹の蛇を頭にのせた……)

  • 2017.03.21 Tuesday
  • 11:39

このお彼岸の連休中、K先生が急がされて(お客様からではありません)彫っていらした「神像」が、納まるべきところに納まりました。

 

記憶にある方もいらっしゃると思いますが、K先生が忘年会の席でお話されていた、あの「七匹の蛇を頭にのせた像(夢にお姿が現れた)」のことです。

 

〈あちら〉から急がされ、寝る時間を削って作成にあたっていらっしゃる間、行かなくてはならないはずであった岩手からは、何故か「今回はいいです」と言っていただき、高知まで届けるはずであった『北辰一刀流兵法・千葉道場』の看板も先方が取りに来てくださり、伺わずに済んだそうです。

 

…でなければ、間に合う事にはなりませんでした。

それほど、あちらの世界の方々も、この日に間に合わせていただくために必死でいらしたのでしょう。

 

神業ともいえる速さで彫り上げられたこのたびの「神像」は、どうしてもこの日である必要があったようです。

 

無事にお納めすることができると、それまでの大変さはスッと消え、次のお仕事に向かわれるとのこと。

 

縦線も横線も存在しない、瞬間瞬間が見事な天馳星の世界です……

しがらみ

  • 2017.03.01 Wednesday
  • 14:10

久々に、「K先生徒然……」です。

 

ある時、「『しがらみ』というのは、死が絡むから『しがらみ』なんです。」と。

 

私たちはよく、「しがらみの中で生きている」などという使い方をしますが、つまりそれは『命がけ』なのでした。

 

そんな中で生きていると、その方にとってはそれが当たり前になってくる。

「抜けられるわけがないじゃないの」などとのお叱りの声が聞こえてきそうですが、良い悪いを言っているわけではありません。

 

算命学では、人に与えられた寿命は120年で、そこからストレスが与えられたり、異常に運勢を伸ばした、働きすぎた、という後天的な影響でその寿命が差し引かれると考えます。

 

要は、その「差し引かれる」ということに本人が納得いけば、良い人生なのだと思います。

 

今朝、久しぶりにTVに小沢健二さんが出演なさっていて、彼が「一度だけの人生なので」とおっしゃっていたのが、耳に残っています。

 

「やり直し」はできない人生。たった「今」、「現在」も時間が経過していけばそれは過去になっていきます。

 

「誰かの犠牲」の人生であっても「この人のために」と自分自身納得がいけば、自分にとっての大義名分が成り立ち、そこに満足感を得られるのでしょう。

 

それを思うのは自分です。他の人にはわからない。

そう、五徳の「福」は自分の思う「満足感」なのです。

 

……と、ちょっと横道それましたが、徒然…プラス「園田の独り言」でした。(*^^*)

それではまた。

 

K先生のお仕事場

  • 2016.03.26 Saturday
  • 00:59
お彼岸中、お墓参りの後にK先生の仕事場にお邪魔しました。
とても久しぶりのような気がします。

そこには以前先生が彫られた龍馬さんとお龍さんの雛形2体ずつを含め、玄奘三蔵法師、空也上人、そして大震災のあった東北に届けることになるお釈迦様など、多分、十数体のお姿がありました。

すべてK先生の手から掘り出されるお姿です。
先生はいつも「頼まれたものを忠実に作るだけ」と仰いますが、写真や絵などを見せられて「こういうものを」と頼まれ、後姿が分からないでいると、夢で見せて下さるのだそうです。

「一所懸命」の方にこそ、そんな助けがあるのだろうと、この方を拝見していてつくづく思います。
いつまでたっても足元にも及びません。

出会わせて頂いたこと、本当にありがたいといつも心の中で手を合わせています。

K先生徒然・・・

  • 2015.10.17 Saturday
  • 14:52
久しぶりに仏師のK先生の事を書きたいと思います。

ここ数年、大きな仏像を納めることが多くなられたK先生。
今、3〜4メートルのお姿になる仏像を納めに広島の方に行かれています。

一番下の台座の直径が約2メートル。
二段に重ねた台座の上に仏像を乗せるため、建設会社の方が、置いた台座の周りに足場を組み、その上に乗せるのが今日…と仰っていました。本当に「大仕事」ですね!

大きな仏像の注文を頂いたときは、もうその時から「どうやっておさめたらよいか」ということばかり考えていらっしゃるそうです。
なので、今日が無事に終わられたら少しほっとなさるのではないでしょうか。

今回は「開眼式」の日まで滞在なさるとのこと。
いつもの「夜中、車を走らせてほぼ日帰り」という訳にはいかないようです。


今月末ごろには、七十数か国から来訪の「ミスユニバース代表」の美女の方々にお会いになるとかならないとか……(*^o^*)

 

龍馬さん座像

  • 2015.03.16 Monday
  • 22:09
穏やかな表情になられた龍馬さんがいらしています。

その表情を忘れないうちにと、デッサンもせずいきなり彫られたそうです。

最初に見つけた方は、まだ包装されていたにもかかわらず、その樟の香りと、なぜか視線を感じたと仰っていました。
それで開けさせて頂くことになりました。

ご縁のある方、楽しみにいらして下さい。

「夢」の話ではありますが……

  • 2014.12.20 Saturday
  • 21:26
「仏師」のお芝居が終わった後、また時々夢で伝えてくることがあるそうです。
龍馬さんは、ただ、脱藩したのではなく、松兵衛さんと同じように「隠密」のような仕事をしていたと。そしてもちろん、スポンサーが存在した。以前からK先生が疑問を口にされていました。それは、当時手紙を一回出すのに今の値段にすると20万円ほどかかる時代だったのに、あれだけたくさんの手紙を書いていたのは不自然だと……ゆえにそれらの手紙は、読む人が読むと全く違った内容のものだったのではないか、ということでした。

K先生は「今、龍馬さんの像を彫るとしたらもっと穏やかな表情になっていると思う。」と仰っていました。
以前、京都の霊山の方がいらして、信楽寺の龍馬さんへの御霊入れがあったそうです。それから龍馬さんが「安心した」ようだということでした。霊山では龍馬さんは中岡慎太郎と並んでお墓に入っていますが、あまり仲が良くはなかったのではないか。あの日、二人でお酒を飲んでいて襲われたのですが、もしかしたら中岡慎太郎はそのことを知っていたのではないか……
とにかく彼と離れてホッとしているようだ、ということでした。

園田の忘年会の日、私はマララさんが2012年に銃撃された時、なぜ命を取り留めたか…というお話をしました。
その時、K先生が「では、どうしたら坂本龍馬はあの時、命を落とさずに済んだと思いますか?」という質問をなさいました。
マララさんとの比較でいうならば、「大切な命を守る、強い思いに欠けていた」ということでしょうか……
では逆になぜピストルを持っていたにもかかわらず、すぐに反撃できる状態にしておかなかったのか、刀をすぐに抜けるような状況にしておかなかったのか……もちろん誰ひとりその場面を見ているわけではないので疑問が残るのは当たり前なのですが……

また、何かを訴えたくて「夢の続き」が始まったのかしら…と思ったりしています。
 

御嶽山神霊

  • 2014.10.02 Thursday
  • 16:01
先日このブログに、御嶽山噴火の前日に車の中から撮ったの写真を掲載し、それは御嶽山の上空に出ていた…とお伝えしました。隣で運転してくださっていたのが、例のK先生。

数枚の写真を携帯に収めた後、前方を見ると今まで見えていた×の雲が見当たりません。「あれ!どこ行ったんだろう…」と後ろを振り返ると、左後方のすぐに手が届きそうにみえるところに、その×の雲は止まっていました。つまり御嶽山を左に見て通り過ぎたところだったわけです。そしてその雲はそこを動かなかった。

K先生からお聞きしたお話です。
今年の3月22日、ネットオークションに御嶽山の霊神、22体が売りに出されていました。
「どうしてこんなものが……ともかく売ったり買ったりされるべきものではない」と思い、その御神像をとりあえず手元に置いておこうと、ご自分が買い取られ、今は仕事場に置いていらっしゃるそうです。

そんなご縁でもしかしたらあの×の雲を見せてくれたのかもしれません。その時の写真を見ると山の峰からたくさんの光の線を見ることができます。私にはよくわかりませんが、何か予兆のようなものだったのかもしれません。

まだ、捜索は継続されています。本当に大変なことになってしまいました。



 

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